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夏休みの作文。

「純白」を買うか、買わないか問題。

先日、伊勢丹新宿店の葉山店長が、夏休みの「自由研究」をしていました。
テーマは、革靴の染め替え。
手持ちの一足をブラウンから黒へ。途中の変化も含めて、夏休みらしく実験していました。

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伊勢丹新宿店の葉山店長の自由研究はこちら
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ということで、
自由研究ときたら、次は作文だろうか。

日比谷店のとあるスタッフは、この夏ずっと考えていることについて作文を書いてみます。

題して、

「純白」を買うか、買わないか問題。

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三陽山長のレザースニーカー「純白」。

価格は79,200円(税込)。

正直、スニーカーとして考えると高い。

だから迷っている。

ブランドの記事を読めば、その価格に理由があることは分かる。

姫路に伝わる「白革なめし」のレザーを使い、革靴のように手入れができ、ソールがすり減れば交換して履き続けることもできる。

履き、手入れをし、修理して、また履く。

スニーカーでありながら、その付き合い方は革靴に近い。

「純白 / JUNPAKU」商品ページはこちら

その背景を知れば、

「なぜ79,200円なのか」

には、かなり納得できる。

以前、「純白」と「漆黒」を製作している永代製作所の社長が、自ら出来上がった純白と漆黒を納品しに来ていたのを見かけた。

今のアパレルでは、店頭に並んでいる商品を誰が作ったのか、その顔まで想像できることは案外少ない。

企画する人がいて、工場があり、物流を通って、商品が店に届く。

それが当たり前だと思っていたから、つくり手本人が製品を抱えて本社へやって来る光景は、とても新鮮だった。

昔なら当たり前だったのかもしれない。

けれど、今となっては珍しい。

誰が作っているのかが見える。

作った人と、売る人との距離も近い。

革や製法のように数字や仕様で説明できるものではないけれど、一足の背景に人の顔が見えることも、この靴の価値のひとつなのかもしれない。

そんなことまで知ってしまうと、「ただの白いスニーカー」として価格だけを比べるのは、ますます難しくなってくる。

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では、納得したら買えるのか。

そこがまた難しい。

ひとつ引っかかっていることがある。

自分が履いたとき、その価値はきちんと伝わるのだろうか。

もっと率直に言えば、

「それなりの価格のスニーカー」に見えるのだろうか。

これは少し嫌な問いにも聞こえる。

高いものを買うなら、高く見えてほしい。

そう考えること自体、見栄なのかもしれない。

けれど、ファッションにそれなりのお金を使う以上、「その価格に見合う価値を、自分は得られるのか」と考えるのは、ごく自然なことでもあると思う。

そこで、少し考え方を変えてみた。

大切なのは、
「この靴が高そうに見えるか」ではなく、
「この靴を履くことで、自分の装い全体がよく見えるか」なのではないか。

「純白」は、大きなロゴや派手なデザインによって値段を主張するスニーカーではない。

白の質感。

革の表情。

フォルム。

ステッチ。

履き込んだときの佇まい。

そうした小さな違いによって、足元を静かに整えてくれる靴なのだと思う。

例えば、ウールのパンツやジャケットに合わせたとき。

革靴ほど堅くならない。

一般的なスニーカーほどカジュアルにもなりすぎない。

それでいて、足元だけが妙に浮くこともない。

誰かに値段を当ててもらえなくても、そんな役割を果たしてくれるのであれば、それもひとつの価値なのだと思う。

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同じ発想から生まれた黒ヌメ革の「漆黒」もある。

色は正反対でも、革の表情を楽しみ、手入れをしながら長く付き合うという考え方は共通している。

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「純白」「漆黒」について詳しくはこちら
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そして、ここでもうひとつ考えた。

革靴を選ぶときには、ときどき

「自分はこの靴に見合っているだろうか」

と考えることがある。

どういう服に合わせるのか。

どこへ履いていくのか。

その靴を履く自分は、どうありたいのか。

上質な革靴には、履く側にも少し背筋を伸ばさせるようなところがある。

その点、スニーカーはもっと気楽だ。

多少力が抜けていてもいい。

「この靴に自分が見合っているだろうか」なんて、普通はそこまで考えない。

だから革靴よりも、履くまでのハードルはずっと低い。

ところが「純白」を買おうかと考えているうちに、妙な欲が出てきた。

せっかくなら、この靴が自然に似合う格好をしたい。

きちんと手入れをして履きたい。

何年か経ったあとにも、格好よく履いていたい。

靴を選んでいたはずなのに、いつの間にか、

「自分は何を身につけて、どうありたいのか」

というところまで考えている。

少し大げさかもしれない。

でも、身につけるものを選ぶことは、自分のあり方を少しだけ選ぶことでもあるのだと思う。

ファッションは単なる自己満足だけではないと思っている。

もちろん、自分が好きなものを身につけることは楽しい。

けれど、TPOに合わせて靴や服を選ぶことは、同じ時間を共有する人と心地よい空間をつくることでもある。

仕事なら、きちんとしているけれど威圧的ではない。

友人との食事なら、少し気を使っているけれど気取りすぎていない。

休日なら、自分らしいけれど、だらしなくは見えない。

身につけるものは、ある意味コミュニケーションでもある。

そう考えると、
「高価であることが伝わる靴」だけが、価値のある靴ではない。

むしろ、
「なんとなく足元までちゃんとしている」
くらいにしか伝わらないほうが、場合によっては上品なのかもしれない。

そこで、自分自身に問う。

誰にも三陽山長だと気づかれず、値段も知られず、「普通の白いスニーカーですね」と言われたとしても、それでも私はこの靴を履きたいだろうか。

もし答えが「はい」なら、たぶん買う理由は十分にある。

考えてみれば、高価な靴を履くということは、その靴を高価に見せることではないのかもしれない。

むしろ、
高いものを、普通に身につけていること。

一見すれば、ただの白いスニーカー。

でも、自分は革の違いを知っている。

つくりの違いを知っている。

そして、その一足を作っている人の顔まで、少し想像することができる。

誰かに説明する必要はない。

その背景を自分が知っていて、その靴を履いた自分の姿を気に入っている。

それで十分なのかもしれない。

いまのスニーカーは、流行の移り変わりも早い。

新しい一足を次々と買う楽しさもある。

けれど、手入れや修理をしながら一足と長く付き合うのであれば、79,200円という価格も、買った瞬間だけでは測れない。

もしかすると、長い目で見れば案外、合理的な選択なのかもしれない。

結局、落とし所は、
「79,200円のスニーカーに見えるか」ではなく、
「このスニーカーを履いた自分を、私は好きだろうか」。

そして、
「何年先まで、その自分でいたいと思えるだろうか」。
ここまで書いておいて、まだ買うとは決めていない。

ただし――

買わない理由は、だいぶ減ってきている。

以上、日比谷店・とあるスタッフの夏休みの作文でした。


三陽山長 東京ミッドタウン日比谷店

営業時間 11:00〜20:00
東京都千代田区有楽町1-1-2 東京ミッドタウン日比谷2階
TEL:03-6812-7130


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・東京メトロ有楽町線「有楽町」駅 徒歩4分
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